AKINA INDEX 23を百回以上も見たと思います。この二ヶ月後に明菜さんは自殺未遂をします。このビデオの中で、サンドベージュを唄い終わった時、明菜さんは、笑みを見せます。ほっとしたような笑顔を見せるのですが、歌の歌詞は、一人の女性を激しい情念を描いていますので、もっと、激しい表情は相応しいのですが、まるで、解脱したように柔らかい微笑みを見せます。
私は、ここに注目しています。明菜さんの歌詞の解釈はどうだったのか?火の鳥が出てきます。そして、火の鳥は「地の果てが何処なのか、教えてくれません。」。
火の鳥は不死鳥(フェニックス)、つまり、鳳凰を意味しています。
サンドベージュの主人公の女性は、傭兵(命を売る男)の情婦だと解釈しています。作詞者も、経験がないようなので、深く書いていませんが、隣にいた男が、次の日にはいない世界です。そして、その男達に恋を売ってきた女が、また、死地に男を送り出す。その時、錯乱した女に、今までに失った男達の事が、一時に思い出されて来る。救いようもない女の恋愛。
その極限にあって、火の鳥が登場します。そして、身をも焦がす女の、痛烈な質問に、火の鳥は、地の果て(地獄)は此処だとは、言わないのです。
この思想に、「TAO」の道を見出しています。長く苦海の中でもがくのも、一瞬。一瞬の愛も、また、永遠なのです。アジアの根底に流れる道教思想こそ、この火の鳥に託された救いの言葉だと解釈しています。
明菜さんは、サンドベージュの歌の中で、身を反らせます。あたかも、その男に身を委ねているように思っていたのですが、今は、解釈を変えています。明菜さんは、火の鳥の翼の中に、その身を委ねていると思います。
明菜さんは、サンドベージュに描かれている女性のような極限状態に至って、命を絶とうとします。
その時、もう1センチ、いや、もう数ミリ、深く切り込んでいれば、助からなかったと思います。その僅か、数ミリ切り込めなかった時に、去来したその心理に注目しています。
死の縁の一歩手前で見た虹色の光りを鏤める羽根の色が、その一瞬を決めただろうと思っています。火の鳥の不死なる愛に擁かれ、そして、歌い終わった時に見せる、解脱の微笑みに、明菜さんの救いを見たのは、私だけだったのだろうか?
全ての事件が決着した頃(2~3年後)に、「紅の豚」のパーティーに出席しました。まあ、遅かれ、早かれ、「GAME」を歌って頂くだけの事だったのかなと思っています。この曲は、明菜さんの代表曲の一つで、許瑛子さんの作詞です。許瑛子さんのBBSに書いてあった「せつなさは水の色」と言う歌詞に、曲を付けてみたのですが、あまりの迫力のある歌詞なので、幾つかのパターンで作ってはみたものの、とても、私のあるきたりの曲では、笑い者になるだけだと、そのままになっています。ゲームのバック音を適当に付けるのとは、訳がちがいますからね。
楽曲の持つパワーを実感させてくれる名曲だと感じています。
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